日々、オイカワ

痛手 


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「痛て...」

峠の曲がり道。
滑り込みながら横に倒れだしたヴェスパの上をボクは跳び越え、
雨で濡れた落ち葉の土手に横たわってた。


2時間前。意気揚々とそれまでの小雨模様から打って変わり、
夏の焦げるような午後の日差しがボクとヴェスパを照らし、
金色に光る田園の道を突き進んでいた。


だが、あの高揚感は一気に冷めた。
木立に覆われた峠の薄暗さにひとり脅かされ、
まるで犬にでも咬まれたような破れた上着の袖口を
見つつ身体を起こした。


一瞬の出来事だった。
ひと月前に不注意で右カーブのガードレールにハンドルをぶつけ、
運転に対して多少なり臆するようになっていた。


直線の下り坂を走るボクの目線の先に右カーブが現れてきた。
4速から3速に落とし蜂の羽音のような
〝ブーン〟と鳴く音を立てさせ速度を抑えた。


しかし、身体は怖さを憶えているものだ。
「さらに2速まで落としたほうが安全だろう...」と
カーブ手前で疑いも無くシフトチェンジの左手を捻ったその瞬間、
ギアが噛み合うまでのニュートラルの状態で速度に勢いがついた。


要するにギアチェンジのタイミングが遅すぎたのだ。
3速のままで良かったのだろう。


あっという間に自分で制御できないものから放たれたい気持ちが全身を支配した。
フットブレーキを普段より強めに踏んでしまった。意識はしてないが。
ヴェスパではフットブレーキを一気に強く踏むと後輪がロックしやすいのだ。


案の定、初めて通る道の、更に運の無いことに
変に起伏のあるやや濡れた坂道をニュートラルのまま滑るように後輪がロックした。
転倒するには十分すぎるほどの要素が詰まっていた。


破れた箇所の服から血が滲んできた。
鼓動が止まり横になった愛する白い鉄の塊を起こしてやり、
空しさに苛まれながらも右足で数回キックを踏むと、
ボクを元気づけるかの如く息を吹き返してくれた。


少し安堵した。けれどもミラーを取り付けていたところを軸に
歪んでしまったレッグシールドが目に痛々しい。


呆然と佇んでいるボクとヴェスパの横を何事もなかったように
幾台かのクルマが通り去ってゆく。そして、しばらくするとバイクの鼓動音が聞こえてきた。
先行して進んでいたmatt さんが心配して戻ってきたのだ。


彼には悪いことをした。
今日はいつものオイカワ Fly Fishingではなく、
彼の新しい愛機の慣らしに遠慮もせずついてきたからだ。


その後、彼に傷の手当を施してもらった。
そして断ったのだが、帰路はウチまで併走で送ってもらった。


正直、独りであの山道にいたら、何かに突き落とされて爆発したい気持ちを
抑えられなかっただろう。持つべきはなんとやらである。有り難い。


*******


昨夏の出来事である。


街中は気にならないが、まだ峠を駆る気力が充たされていない。
今季はクルマで出かけることが多くなるだろうか。


今年も5月になり、方々でいい話しを聞くようになった。
またオイカワに会いたい。
あの輝く魚姿を愛でるだけで癒されるのだから。


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